仙台牛たんの歴史
~仙台牛たん定食:麦飯・テールスープ・つけあわせ編~

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麦飯
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テールスープ
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浅漬け
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南蛮味噌
麦飯
Mugi-Meshi
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おなかいっぱい食べさせたい一心で
1948(昭和23)年、仙台で佐野啓四郎氏が牛たん焼きを誕生させた頃、日本は戦後の混乱期にあり、深刻な食糧不足に見舞われていました。特に白米は非常に貴重で、多くの家庭では満足のいく量を確保することが困難でした。そのような中で、米の消費を節約しながら食事の満足感を高める方法として、麦を混ぜた「麦飯」が広まりました。啓四郎氏は「どんぶりでいっぱい食べさせるんだ」という思いで、麦飯を組み合わせたようです。
テールスープ
Tail Soup
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廃棄部位から生まれた
滋養の一杯テールスープも啓四郎氏が作り出した、栄養価の高い、人情味あふれる名物メニュー。タンと同じくあまり料理には使われることがなかった牛のしっぽの肉を使って作ったテールスープ。それまで使われていなかった安く手に入るものを使い、工夫して調理することで、「人々をおなかいっぱいにして、苦しい生活を乗り越えよう」という思いが込められた一品だったのです。長時間煮込むことで、骨から出るコラーゲンなどを抽出したスープは、栄養価が高く、体を温める汁物として評価されました。白髪ねぎをたっぷり入れた食欲をそそるテールスープは牛たん定食の一部として定着していきました。
浅漬け
Asazuke
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野菜を食べてもらいたい思いやり
促成の栽培法などない時代。当然、漬物も季節折々の野菜を使う。生野菜の代わりに付けられたお漬物は、野菜のかさが減らないよう浅く漬けた一夜漬けでした。
啓四郎氏は郷里・山形の青菜漬などもお客様に出したようです。
南蛮味噌
Nanban miso
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郷里の味をスパイスに昇華
啓四郎氏は山形県河北町の出身。 牛タンの仕入れに山形を頻繁に訪れていた佐野氏と老舗漬物メーカーが作った「南蛮味噌」は、いまでは牛たん焼きに欠かせない名脇役。 出身地山形の漬物文化が定食の中に色濃く関わっています。

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執筆・監修者プロフィール
株式会社 藤崎
コンテンツデザイン部 森 泰範 -
- 参照元
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- 参照元/井上英子著
『仙台牛たん焼き物語』(2001年) - 監 修/有限会社たん家
「旨味太助」
- 参照元/井上英子著
仙台牛たん定食を引き立てる名脇役たちの魅力
仙台牛たん定食の定番スタイルは、牛たん焼きに「麦飯、テールスープ、浅漬け、南蛮味噌」を添えたものです。このスタイルが完成するまでには、戦後の時代背景や食材を無駄なく活用しようとする創意工夫が深く関わっています。それぞれの付け合わせが生まれた背景には、戦後の食糧事情や地域文化の影響が色濃く反映されています。